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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)7200号 判決 1977年5月30日

昭和四八年(ワ)第九八七四号事件原告

昭和五〇年(ワ)第七二〇〇号事件被告 矢野雅之

昭和五〇年(ワ)第七二〇〇号事件被告 株式会社松屋

右代表者代表取締役 矢野幸子

右両名訴訟代理人弁護士 梅澤秀次

同 太田宏美

昭和四八年(ワ)第九八七四号事件被告

昭和五〇年(ワ)第七二〇〇号事件原告 有限会社湘南興産

右代表者取締役 坂田喜一

右訴訟代理人弁護士 荻秀雄

同 中村博一

主文

一  (昭和四八年(ワ)第九八七四号事件)

1  昭和四八年(ワ)第九八七四号事件被告は同事件原告に対し、右両者間の東京地方裁判所昭和四八年(借チ)第三〇三一号土地賃借権譲渡許可申立事件について申立を棄却もしくは却下する決定が確定し、又は申立の取下により同事件が終了したときは、別紙物件目録二(二)記載の建物を収去して同目録一(二)記載の土地を明渡し、かつ、昭和四八年九月四日から右明渡し済みまで一か月一万一九三四円の割合による金員の支払いをせよ。

2  昭和四八年(ワ)第九八七四号事件原告のその余の請求を棄却する。

二  (昭和五〇年(ワ)第七二〇〇号事件)

1  昭和五〇年(ワ)第七二〇〇号事件原告の第一次請求はいずれもこれを棄却する。

2  同事件原告の第二次請求に基づき、

(一)  同事件原告と同事件被告矢野雅之との間において、同事件原告が同事件被告に対し、右両者間の東京地方裁判所昭和四八年(借チ)第三〇三一号土地賃借権譲渡許可申立事件について申立を認容する裁判が確定したときは、別紙物件目録一(一)及び(二)記載の各土地に対し賃料一か月二万二五二一円(同目録一(一)記載の土地につき一万〇五八七円、同(二)記載の土地につき一万一九三四円)、その支払期日を毎月末日とする賃借権を有することを確認する。

(二)  昭和五〇年(ワ)第七二〇〇号事件被告株式会社松屋は同事件原告に対し、同事件原告と同事件被告矢野雅之との間の東京地方裁判所昭和四八年(借チ)第三〇三一号土地賃借権譲渡許可申立事件について申立を認容する裁判が確定したときは、別紙物件目録二(一)記載の建物を収去して同目録一(一)記載の土地を明渡し、かつ、昭和五〇年四月一七日から右明渡し済みに至るまで一か月一万〇五八七円の割合による金員の支払いをせよ。

(三)  昭和五〇年(ワ)第七二〇〇号事件原告の同事件被告株式会社松屋に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一ずつを昭和四八年(ワ)第九八七四号事件原告・昭和五〇(ワ)年第七二〇〇号事件被告矢野雅之、昭和四八年(ワ)第九八七四号事件被告・昭和五〇年(ワ)第七二〇〇号事件原告有限会社湘南興産、昭和五〇年(ワ)第七二〇〇号事件被告株式会社松屋の各負担とする。

事実

昭和四八年(ワ)第九八七四号事件を以下「第一事件」、昭和五〇年(ワ)第七二〇〇号事件を以下「第二事件」といい、第一事件原告・第二事件被告矢野雅之を以下「被告矢野」、第一事件被告・第二事件原告有限会社湘南興産を以下「原告」、第二事件被告株式会社松屋を以下「被告会社」という。

第一当事者の求めた裁判

一  第一事件

1  被告矢野の求めた裁判

(一) 原告は被告矢野に対し別紙物件目録二(二)記載の建物(以下「本件建物(二)」という。)を収去して同目録一(二)記載の土地(以下「本件土地(二)」という。)を明渡し、かつ、昭和四八年九月四日から右明渡し済みに至るまで一か月金一万四二八三円の割合による金員の支払いをせよ。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  原告の求めた裁判

(一) 被告矢野の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告矢野の負担とする。

二  第二事件

1  原告の求めた裁判

(一) 第一次請求

(1) 原告と被告矢野との間において、原告が被告矢野に対し、別紙物件目録一(一)記載の土地(以下「本件土地(一)」という。)及び本件土地(二)につき、賃料一か月二万二五二一円(一平方メートル当り一か月、本件土地(一)につき一三六円、本件土地(二)につき一二七円)、その支払期日が毎月末日とする賃借権を有することを確認する。

(2) 被告会社は原告に対し、別紙物件目録二(一)記載の建物(以下「本件建物(一)」という。)を収去して本件土地(一)を明渡し、かつ、昭和五〇年四月七日から右明渡し済みに至るまで一か月金一万〇五八七円の割合による金員の支払いをせよ。

(3) 訴訟費用は被告らの負担とする。

(4) 右(2)につき仮執行の宣言

(二) 第二次請求

(1) 被告矢野と原告との間において、原告が被告矢野に対し、本件土地(一)及び(二)につき、右両者間の東京地方裁判所昭和四八年(借チ)第三〇三一号土地賃借権譲渡許可申立事件について申立を認容する裁判が確定したときには、賃料一か月金二万二五二一円(一平方メートル当りの賃料は(一)(1)に同じ。)、支払期日が毎月末日とする賃借権を有することを確認する。

(2) 被告会社は原告に対し、原告と被告矢野との間の前項の土地賃借権譲渡許可申立事件について申立を認容する裁判が確定したときには、本件建物(一)を収去して本件土地(一)を明渡し、かつ、昭和五〇年四月七日から右明渡し済みに至るまで一か月金一万〇五八七円の割合による金員の支払いをせよ。

(3) 訴訟費用は被告らの負担とする。

(三) 第三次請求

(1) 原告と被告矢野との間において、原告が被告矢野に対し、本件土地(一)及び(二)につき、地代一か月金二万二五二一円(一平方メートル当りの地代額は(一)(1)に同じ。)その支払期日が毎月末日とする地上権を有することを確認する。

(2) 被告会社は原告に対し、本件建物(一)を収去して本件土地(一)を明渡し、かつ、昭和五〇年四月七日から右明渡し済みに至るまで一か月一万〇五八七円の割合による金員の支払いをせよ。

(3) 訴訟費用は被告らの負担とする。

(4) (2)につき仮執行の宣言

2  被告らの求めた裁判

(一) 原告の請求はいずれもこれを棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  第一事件について

1  請求の原因

(一) 被告矢野は、本件土地(二)を所有している。

(二) 原告は、昭和四八年九月四日から本件土地(二)上に本件建物(二)を所有して右土地を占有している。

(三) 本件土地(二)の賃料相当額は一か月一万四二八三円(一平方メートル当り一五二円)である。

(四) よって、被告矢野は原告に対し、本件土地(二)の所有権に基づき本件建物(二)を収去して本件土地(二)を明渡し、かつ、原告が本件土地(二)の占有を開始した日である昭和四八年九月四日から右明渡し済みまで一か月一万四二八三円の割合による賃料相当の損害金を支払うことを求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)及び(二)の各事実は認める。

(二) 同(三)の事実は否認する。現在の賃料は一か月一万一九三四円である。

3  抗弁

(一) 賃借権の存在

(1) 訴外矢野安市(以下「訴外安市」という。)は、昭和二八年一〇月頃、訴外小林正種から本件土地(二)を含む三二八・三〇平方メートルの土地(本件土地(一)、(二)及び別紙物件目録一(三)記載の土地(以下「本件土地(三)」という。)を建物所有の目的で期間二〇年の約定で賃借した。

(2) 訴外安市は、本件土地(二)上に本件建物(二)を建築し、昭和三三年八月七日その所有権保存登記を経由した。

(3) 訴外安市は、昭和三五年六月二四日訴外株式会社平和相互銀行との間で訴外株式会社丸安の債務を担保するため本件建物(二)につき根抵当権設定契約を締結し、昭和四二年五月二七日その旨の設定登記を経由した。

(4) その後、訴外小林正種は昭和四四年三月一二日死亡し、訴外小林万寿が本件土地(一)ないし(三)を相続によって取得し、同訴外人は昭和四六年一二月二四日相続税の支払にかえてこれを国に物納し、同日その旨の所有権移転登記が経由され、国は昭和四八年一月一八日訴外安市に対し国有財産払下によって右土地の所有権を移転し、同月二五日その旨の所有権移転登記を経由し、被告矢野は、同日訴外安市から売買によって右土地(一)ないし(三)の所有権を取得し、同月三〇日その旨の所有権移転登記を経由しているものである。

(5) 訴外株式会社平和相互銀行の申立にかかる本件建物(二)に関する任意競売申立事件において、原告は昭和四八年三月二九日これを競落し、同年九月四日その競落代金を支払い、同月五日その旨の所有権移転登記を得た。

(6) ところで、訴外安市が国からの払下げによって本件土地(一)ないし(三)の所有権を取得した当時、訴外安市は右土地について前記賃借権を有していたが、すでに本件建物(二)につき訴外株式会社平和相互銀行のために前記根抵当権が設定されていたのであるから、右賃借権は民法一七九条一項但書の類推適用により混同の例外として消滅しなかったものというべきであり、原告が本件土地(一)ないし(三)の所有権を取得したのちにおいてもこの理は異なるものではない。

(7) 原告は、昭和四八年一〇月二七日借地法九条の三に基づき法定期間内に被告矢野を相手方として賃借権の譲渡の承諾にかわる許可を求める申立をし、現に右申立事件は東京地方裁判所に同庁昭和四八年(借チ)第三〇三一号土地賃借権譲受許可申立事件(以下「本件借地非訟事件」という。)として係属している。

(8) よって、原告は被告矢野に対し、本件土地(二)につき賃借権をもって対抗することができる。

(二) 法定地上権の成立

仮りに、右賃借権の主張が理由がないとしても、右(1)ないし(5)の事実のもとでは、原告は昭和四八年九月四日競落代金を支払うと同時に本件土地(二)につき法定地上権を取得したものというべきである。

(三) (一)(1)についての予備的主張

仮りに、本件土地(一)ないし(三)の賃借人が訴外安市でなく同訴外人の経営にかかる訴外株式会社丸安であったとしても、訴外安市と右訴外会社とは実質的には同一人格とみるべきものであり、法人格は否認されるべきである。

(四) 妨害排除請求権の消滅

(三)の主張が認められなかったとしても、訴外安市は本件建物(二)を訴外小林正種に無断で建築し本件土地(二)を不法占拠しながら、自ら右土地の払下げを受けたのであるから、従前の本件土地(二)の所有者が本件建物(二)の所有者に対して有した妨害排除請求権は、右払下げを受けることにより消滅したものというべきである。

(五) 権利濫用の抗弁

以上が理由がないとしても、被告矢野は、実父である訴外安市が本件建物(二)を無断で建築し本件土地(二)を不法占有していたことを知悉しながら、本件建物(二)が原告に競落されるや訴外安市と意を通じて本件土地(一)ないし(三)を一、三〇〇万円という低廉な価格で買い受け、原告に対し訴外安市の本件建物(二)の無断建築を理由に本件土地(二)の妨害排除を求めるもので、法形式上所有権の行使としての外観を呈するものであっても、その実質は所有権行使の濫用というべきである。

4  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)(1)の事実は否認する。訴外小林正種は昭和三三年春頃訴外株式会社丸安に対して本件土地(一)ないし(三)を賃貸したのである。

(二) 同(一)(2)ないし(5)の事実は認める。

(三) 同(一)(6)の主張は争う。訴外安市が本件土地(二)の賃借権を有していたとしても、同訴外人が国から払下げを受けることにより混同によってその賃借権は消滅した。訴外株式会社平和相互銀行の有していた根抵当権の目的は本件建物(二)であり本件土地(二)の賃借権ではないから民法一七九条一項但書の適用される余地はなく、また類推適用もされない。

(四) 同(一)(7)の事実は認める。

(五) 同(二)の主張は争う。

(六) 同(三)のうち訴外株式会社丸安が訴外安市の経営する会社であることは認めるが、その余の主張は争う。

(七) 同(四)及び(五)の主張は争う。

二  第二事件について

1(一)  被告矢野に対する第一次請求の原因

(1) 第一事件についての抗弁(一)及び(三)(前記一、3、(一)及び(三))と同じ。

(2) 本件土地(一)及び(二)の賃料は一か月金二万二五二一円(一平方メートル当り、本件土地(一)につき一三六円、本件土地(二)につき一二七円)が相当であり、その支払期は毎月末日払いである。

(3) 被告矢野は、原告の右賃借権の存在を争っている。

(4) よって原告が被告矢野に対し、本件土地(一)及び(二)につき賃料一か月金二万二五二一円、その支払期毎月末日払いとする賃借権を有することの確認を求める。

(二) 被告会社に対する第一次請求の原因

(1) 第一事件についての抗弁(一)及び(三)(前記一、3、(一)及び(三))と同じ。

(2) 被告会社は本件土地(一)上に本件建物(一)を所有して右土地を占有している。

(3) 本件土地(一)に関する賃料相当額は一か月金一万〇五八七円(一平方メートル当り一三六円)である。

(4) よって原告は被告会社に対し、本件土地(一)の賃借権に基づき、本件建物(一)を収去して右土地を明渡し、かつ、被告会社が右建物の保存登記を経由した昭和五〇年四月七日より右明渡し済みまで一か月金一万〇五八七円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

(三) 被告矢野及び被告会社に対する第二次請求の原因

仮に原告が本件土地(一)及び(二)に対する賃借権を取得するために、本件借地非訟事件において申立認容の裁判が確定することが必要であるとすれば、原告は被告らに対し、右裁判が確定することを条件として、第一次請求と同旨の裁判を求める。その他の請求原因は、第一次請求の原因と同じ。

(四) 被告矢野に対する第三次請求

(1) 第一事件についての抗弁(二)(前記一、3、(二))と同じ。

(2) 被告矢野に対する第一次請求の原因(2)ないし(4)(前記二、1、(2)ないし(4))と同じ。但し、そのうち「賃料」、「賃借権」とあるのをそれぞれ「地代」、「地上権」とする。

(五) 被告会社に対する第三次請求

(1) 第一事件についての抗弁(二)(前記一、3、(二))と同じ。

(2) 被告会社に対する第一次請求の原因(2)ないし(4)(前記二、1、(二)、(2)ないし(4))と同じ。但し、そのうち「賃料」、「賃借権」とあるのをそれぞれ「地代」、「地上権」とする。

2  請求原因に対する認否

(一)(1) 被告矢野に対する第一次及び第二次請求の原因(1)に対する認否は、第一事件についての抗弁(一)及び(三)に対する認否(前記一、4、(一)ないし(四)、(六))と同じ。仮りに被告に賃借権が認められるとしてもその範囲は本件建物(二)の敷地部分のみである。

(2) 同(2)の事実は否認し、同(3)は認める。

(二)(1) 被告矢野に対する第三次請求の原因(1)は争う。仮りに原告に地上権が認められるとしてもその範囲は本件建物(二)の敷地部分である本件土地(二)に対してのみである。

(2) 同(2)に対する認否は第一次請求の原因(2)、(3)に対する認否(前記二、2、(一)(1)及び(2))と同じ。

(三) 被告会社に対する第一次及び第二次請求の原因に対する認否

(1) 請求原因(1)に対する認否は、第一事件についての抗弁(一)及び(三)に対する被告矢野認否(前記一、4、(一)ないし(四)、(六))と同じ。仮りに原告に賃借権が認められるとしてもその範囲は本件建物(二)の敷地部分である本件土地(二)に限られるべきである。

(2) 同(2)の事実を認め、同(3)の事実を否認する。

(四) 被告会社に対する第三次請求の原因に対する認否

(1) 請求原因(1)の主張は争う。仮に原告に地上権が認められるとしても、その範囲は本件建物(二)の敷地部分である本件土地(二)に限られるべきである。

(2) 同(2)に対する認否は、被告会社に対する第一次請求の原因(2)、(3)に対する認否(前記二、2、(三)、(2))と同じ。

3  被告会社の抗弁

被告会社は、昭和五〇年二月一六日被告矢野から本件土地(一)を建物所有の目的、賃料一か月金一万四四六一円で賃借し、昭和五〇年四月一七日本件建物(一)を建築し、同月二二日その旨の所有権保存登記を経由した。

4  抗弁に対する認否

不知。

5  原告の再抗弁

仮りに被告会社主張の抗弁事実があったとしても、

(一) 原告が本件建物(二)の競落取得による所有権移転登記を経由したのは昭和四八年九月五日であり、本件土地(一)及び(二)に対する借地権の対抗要件が具備したのは被告会社のそれに優先するから、原告は被告会社に本件土地(一)の借地権を対抗しうる。

(二) 仮りに右の事実が認められないとしても、被告会社は背信的悪意者である。すなわち被告会社の代表者は矢野幸子であるが、実質上の経営者は被告矢野であり、両者はともに訴外安市の実子であって、原告が、本件建物(二)を競落し、本件土地(一)及び(二)に対する借地権を取得したことを知悉した上で本件土地(一)を賃借したものである。

6  再抗弁に対する被告会社の認否

(一) 再抗弁(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

第一  (第一事件について)

一  請求原因(一)及び(二)の事実は当事者間に争いがない。

二  賃借権の抗弁について

1  《証拠省略》によれば、訴外小林正種は、昭和二八年一〇月五日、その所有にかかる本件土地(一)ないし(三)を訴外安市に対し木造建物所有を目的とし、期間を二〇年、賃料二、七〇〇円、その支払期毎月末日払いの約定で賃貸したことが認められる。証人矢野安市の証言中には、右土地を賃借したのは訴外安市ではなく訴外株式会社丸安であり、訴外小林正種は本件建物(二)及び(三)に対し処分禁止の仮処分をしたことがあるが、これは、右土地の賃借人が右訴外株式会社丸安であるにもかかわらず、訴外安市が右土地上に本件建物(二)及び(三)を建て右安市名義の保存登記をしたため、訴外正種がこれに抗議すべく訴訟を提起する前提としてされたものであるとの部分があるが、証人小林よし江の証言によれば、訴外小林正種のした右仮処分は、訴外安市が賃借した土地上に建築した建物を無断で増改築したためにされたものと考える余地があり、これに徴すれば証人安市の証言中右部分はたやすく措信しがたく、従って右仮処分の点から本件土地(一)ないし(三)の賃借人が訴外株式会社丸安であったとは認められず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

2  抗弁(一)(2)ないし(5)の事実は当事者間に争いがない。

3  つぎに訴外安市の右賃借権が混同により消滅するか否かを検討する。

第1項で認定した事実及び前項記載の当事者間に争いのない事実によれば、訴外安市は昭和二八年一〇月五日本件土地(一)ないし(三)を訴外小林正種から賃借し、その後右土地上に本件建物(二)及び(三)を建築しその旨保存登記したところ、昭和四八年一月一八日国から右土地の払下げを受けることにより本件土地(一)ないし(三)の所有権を取得したのであるから、右土地賃借権は原則として右払下げによる所有権取得と同時に混同により消滅するところであるが、本件建物(二)には、昭和三五年六月二四日に訴外株式会社平和相互銀行のために根抵当権が設定されていたのであるから、このような場合には訴外安市の賃借権は民法一七九条一項但書の類推適用により混同の例外として消滅しないと解するのが相当である。

たしかに被告矢野主張のごとく訴外株式会社平和相互銀行の有していた根抵当権の目的は直接には本件建物(二)であって本件土地(一)及び(二)の賃借権ではないけれども、少くとも右建物の敷地部分たる土地の賃借権は右建物に従たる権利として右根抵当権の目的となったものと解すべきであり、また、前記のごとく訴外安市の右賃借権は対抗要件を具備しており、かつ、その対抗要件の具備後に右建物に根抵当権が設定されたのであるから右賃借権は民法一七九条一項但書の類推適用により混同の例外として消滅しないものというべきであり、従って原告は本件建物(二)を競落して取得したことによりその敷地の賃借権を承継取得したものと解すべきであり、弁論の全趣旨によれば、少くとも本件土地(二)が本件建物(二)の敷地であることは明らかである。

4  原告が本件建物(二)の競落取得とともに右賃借権を取得したのち、原告が適法な期間内に借地法九条の三による本件借地非訟事件の申立を当庁に提起し、右事件が現に係属していることは当事者間に争いがない。従って原告は右申立に対する許可の裁判が確定することによりはじめて被告矢野に対抗しうる賃借権を取得することになるが、競落人の敷地利用権の安定をはかるという同条の立法趣旨を考慮すれば、同条の裁判手続進行中は土地所有者(賃貸人)が土地明渡請求権ならびにこれに附随する損害賠償請求権を行使することは許されないと解するのが相当である。従って、被告矢野は原告に対し、本件借地非訟事件について申立を棄却もしくは却下する裁判が確定し、又は許可の申立の取下によって事件が終了したときにおいてのみ、本件土地(二)の明渡義務ならびに右土地の不法占有を理由とする損害賠償義務の履行を求めうるものというべきである。

三  《証拠省略》によれば、本件土地(二)の昭和四八年九月四日以降の賃料額は一か月一万一九三四円と認めるのが相当である。

四  以上認定したところによれば、被告矢野の原告に対する請求は、本件借地非訟事件について申立を棄却もしくは却下する裁判が確定し、又は右申立の取下によって右事件が終了することを条件として、原告に対し、本件建物(二)を収去して本件土地(二)の明渡しを求め、かつ、原告が本件建物(二)の所有権を取得した日である昭和四八年九月四日から明渡し済みに至るまで一か月一万一九三四円の損害金の支払いを求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

第二  (第二事件について)

一1  前認定のとおり、原告は本件建物(二)を競落してその所有権を取得したことによりその敷地に対する賃借権を訴外安市から承継取得したものである。

2  被告らは、本件建物(二)の敷地は本件土地(二)のみであるから、原告が取得すべき賃借権の範囲は右土地に限られるべきである旨主張するので、この点について判断する。

《証拠省略》を綜合すると、本件土地(一)ないし(三)は、一筆の土地であり、訴外安市が、これを訴外小林正種から賃借し、本件土地(二)の上に本件建物(二)を、本件土地(三)の上に本件建物(三)をそれぞれ建築したが、右各建物が倉庫として使用されていたため、本件土地(一)は、右倉庫の荷物の出し入れの際車の駐車場等として利用されていたこと、訴外株式会社平和相互銀行の前示根抵当権の目的は本件建物(二)及び(三)であったため、本件建物(二)及び(三)に対し同時に任意競売の申立がなされ、右手続は同時に進行していたものであるが、右手続において、本件建物(二)及び(三)の敷地は本件土地(一)ないし(三)であるとして、右建物の評価額が決定、公示されていたこと、右手続において本件建物(二)を競落した原告及び本件建物(三)を競落した訴外長期信用販売株式会社(以下「訴外長期信用」という。)は、いずれも本件土地(一)が本件建物(二)及び(三)の敷地に入るものとの前提で右各建物を競落したものであること、本件土地(一)は七七・八五平方メートルに過ぎないこと等の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、右事実によれば、本件土地(一)は、本件建物(二)及び(三)の共同敷地であったものと認めるのが相当であり、原告は、本件建物(二)を競落しその所有権を取得したことによって、本件土地(二)に対する賃借権のみならず本件土地(一)に対する賃借権をも訴外安市から承継取得したものというべきである。

3  そして、原告が取得した本件土地(一)及び(二)に対する賃借権の内容は、訴外安市が訴外小林正種に対して有していた前認定のとおりの賃借権の内容と同一である。

二  原告は、本件借地非訟事件についての申立を認容する旨の裁判が確定しなくても、被告矢野に対して、本件土地(一)及び(二)の賃借権を有する旨主張し、また、この賃借権をもって、被告会社に対し本件建物(一)の収去を求めうると主張するが、本件非訟事件について申立を認容する旨の裁判が確定しないかぎり、原告は被告矢野に対し右賃借権を主張しうるものではなく、また、かかる賃借権をもって被告松屋に対し妨害排除の請求をなしうるものではないと解すべきであるから、原告の被告らに対する第一次請求は、いずれも理由がない。

三  被告矢野に対する第二次請求について

以上認定したところによれば、原告は、本件借地非訟事件について申立が認容されたときには、被告矢野に対し、本件土地(一)及び(二)に対する賃借権を有するところ、被告矢野において、前示当初の賃料額が増額されたとの主張・立証をしないから、右賃料額が現在の賃料額であるというべきであるが、原告は、本件土地(一)及び(二)の賃料額を一か月当り二万二五二一円(本件土地(一)につき一万〇五八七円、本件土地(二)につき一万一九三四円)である旨主張し、その確認を求めているのであるから、処分権主義の原則上これを下廻る賃料額を確認することはできない。

以上説示したところによれば、原告が被告矢野に対し、本件借地非訟事件につき申立を認容する旨の裁判が確定することを条件として、本件土地(一)及び(二)の土地につき賃料一か月二万二五二一円(本件土地(一)につき一万〇五八七円、本件土地(二)につき一万一九三四円)、その支払期日を毎月末日とする賃借権を有することの確認を求める第二次請求は、理由があるから、これを認容すべきである。

四  被告会社に対する第二次請求について

1  原告が本件建物(二)に対する任意競売申立事件において、昭和四八年三月二九日これを競落し、同年九月四日競落代金を支払ってその所有権を取得し、同月五日その旨の所有権移転登記を受けたことは、当事者間に争いがなく、前認定のとおり、原告は、本件建物(二)の競落取得とともに本件土地(一)及び(二)に対する賃借権を取得したものであり、本件建物(二)についての右所有権移転登記を受けたことによって右賃借権についての対抗要件をも具備したものというべきであり、また、弁論の全趣旨によれば、原告は、右登記を受けた昭和四八年九月五日ころ本件土地(一)及び(二)の土地の占有をも取得したものと認められる。

2  そこで被告会社の抗弁について判断する。

《証拠省略》によれば、被告会社の抗弁事実中賃料額の点を除くその余の事実はすべてこれを認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

3  そこでさらに原告の再抗弁(一)について判断する。

前示のように、原告が本件土地(一)及び(二)に対する賃借権につき対抗要件を具備したのは、昭和四八年九月五日であり、被告会社が本件土地(一)に対する賃借権について対抗要件を具備したのは昭和五〇年四月二二日であるから、被告会社は右賃借権をもって原告に対抗しえないものというべきである。したがって、原告の再抗弁(一)は理由がある。

4  《証拠省略》によれば、本件土地(一)の一か月の賃料相当額は、昭和五〇年四月一七日(被告会社の抗弁において認定したように、被告会社が本件建物(一)を建築して本件土地(一)の占有を開始した日)以降一万〇五八七円をもって相当と認められる。

5  以上認定したところによれば、原告の被告会社に対する第二次請求は、原告が被告会社に対し、本件借地非訟事件について申立を認容する旨の裁判が確定することを条件として、本件土地(一)に対する賃借権に基づき、本件建物(一)を収去して本件土地(一)の明渡しを求め、かつ、被告会社が本件建物(一)を建築して本件土地(一)の占有を開始した日である昭和五〇年四月一七日から右明渡し済みに至るまで一か月一万〇五八七円の損害金の支払いを求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

五  なお仮に、原告の被告らに対する法定地上権に基づく請求が第二次請求として申し立てられたものと解しうる余地があるとしても、前認定のとおり、訴外安市が本件建物(二)及び(三)に対し訴外株式会社平和相互銀行のために根抵当権を設定した当時、訴外安市は本件土地(一)ないし(三)の所有権を有していなかったのであるから、原告は、右根抵当権の実行手続において本件建物(二)の所有権を競落によって取得したとしても、その敷地に対し民法三八八条により法定地上権を取得するものとはいえない(最高裁判所昭和四四年二月一四日第二小法廷判決・民集二三巻二号三五七頁参照)。従って、右各請求の理由のないことは明らかであるから、第二事件についての前示判断に異なった結果を来たすものではない。

第三  よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条により、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸)

<以下省略>

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